あれはまだタイの空港に着くと「笑顔の国へようこそ」と書かれた大きなバナーで迎えられた頃のこと。かれこれ20年も前。
「笑顔の国ねえ」と、不思議に思いながら、初めてのタイにバックパックを担いで一人足を踏み入れました。
旅のなりゆきである島にたどり着くと、船を降りるなり10人程のタイ人男性に取り囲まれ、それぞれがいっせいに宿のチラシやら写真やらを見せて、うちへこい、いやうちだと、押し合いへし合い必死にアプローチ。
朝早くに着いた船から降りたばかりの寝ぼけ眼の私は、なんとか彼らをすり抜けて近くのカフェへと退散。
「ふうー誰も追ってきてないな」と安心したその瞬間、また目の前にボロボロチラシが差し出されました。
「うわ、ここにも!」と、目を上げると、そこには眩いばかりの笑顔が。
ギラギラのサングラスににっこりマークのふくよかな唇、大きな白い歯、日に焼けた丸顔、クルクルの黒髪。
顔いっぱいにただ純粋に笑っている、その混じりっ気のない笑顔に、私は撃たれたように固まっていました。
「なんだこれは。。」と、見たことのない眩しさに動揺している私をよそに、彼は自分の働いているバンガローの写真を次々と私に見せてきます。
信用していいのやら、、と思いながらも、元々が笑顔のような彼の何を疑っていいのか私は分からなくなり、結局彼のバイクの後ろにまたがってデコボコのジャングルロードを抜けて行きました。
見慣れない草木で生い茂ったジャングルロードの最後は、葉っぱを編んだ屋根とヤシの木の柱で出来た建物でした。
不安な思いで彼の後をついていくと、目の前に現れたのはポストカードのような白い砂浜とベイビーブルーの静かな海。
椰子の木がさわさわと揺れ、その下にはポツポツと小さなバンガローが並んでいました。
「あの笑顔は嘘じゃなかった。。」
パシャーンパシャーンと柔らかく打ち寄せる暖かい波に足をつけながら、初めて見る本物のパラダイスのあまりの美しさに、私はいつまでも見とれていました。
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